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お知らせ

2016-05-09
■ 下町ロケット(2)−弁理士不在の物語−

 前回は、物語の前半の「ナカシマ工業」との対決を通じて、出願の際の弁理士の役割について述べました。

 今回は物語の後半、「帝国重工」との対決について述べることにします。

 なお、ページ数は、ハードカバー版初版第5刷に基づきます。

1.VS.帝国重工(帝国重工が「先を越された」のはいつだったのか)
(1) 「同一の発明」に「先を越される」拒絶理由
     @ 29条1項(新規性)
     以下の発明は、特許を受けることができません。
    @)特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
    A)特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
    B)特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明
     出願の時点で「公知」となっていた発明と同一の発明は、特許を受けることができません。Bの文献公知には、もちろん特許公報や特許公開公報等を含みますが、実際は後述の制度を優先適用されます。
     A 39条(先願)
     同一の発明について異なった日に二以上の特許出願があつたときは、最先の特許出願人でなければ、その発明について特許を受けることができません。
     この場合の「発明」は「特許請求の範囲」に記載された発明のみで、明細書、図面のみに記載された発明は、後願排除効を持ちません。
     ただし、特許出願は取り下げられると先願の地位を失いますので、この条文は適用されません。
     とはいえ、特許出願が公開されていた場合、次の条文が適用されます。
     B 29条の2(拡大された先願の地位)と64条(出願公開)
     特許出願に係る発明が、当該特許出願の日前の他の特許出願であって、当該特許出願後に特許掲載公報の発行又は出願公開がされたものの願書に最初に添付した明細書等に記載された発明と同一であるときは、特許を受けることができません。
     特許出願は、出願から1年6月が経過すると、強制的に公開されます。
     重複研究・投資が行われる無駄を省くためです。
     この場合の「発明」は「特許請求の範囲」に記載された発明だけでなく、明細書、図面のみに記載された発明も含みます。
     C 41条(優先権主張)
     特許出願から1年以内であれば、その出願に改良した新たな発明を加えた出願をすることができます。
     この場合、後から加えた発明の39条や29条の2における後願排除効は、後の出願をした日が基準となります。
     なお、優先権を主張した出願を行うと、優先権の基礎となった出願は、出願から1年3月後に取り下げたものとみなされます。
     したがって、基礎となった出願は公開されませんが、優先権の主張を伴った出願が公開されたとき(基礎となった出願の日から1年6月後)に、基礎となった出願の明細書等に記載された出願は、拡大された先願の地位(29条の2)を得ます。
(2) 原作108〜109ページからの引用
     「この度御社が開発された新技術に関しては、すでに同じ内容の特許が存在するため、出願は認められませんでした」(中略)
     「いつ、そんな特許が認められたんです」(中略)
     「三ヶ月ほど前、タッチの差でした」
     「事前にリサーチした範囲では、問題ないという話だったじゃないですか。どういうことなんです」(中略)
     「半年前の段階では確かにそうだったので(中略)ところが、その後、優先権主張出願がなされまして」
     「なんですか、それは」(中略)
     「まあ要するに、一度出願して認められた特許に、技術情報を追加して補足することです。異例の措置ですが、たまにこういうことがある。もし、それがなければ御社の開発された新技術はなんの問題もなし、というところでしたが、残念ですね」
     ここで説明をしている「三島」という人物が、本作に登場する唯一の弁理士のようなのですが、このシーン以降は登場しません。
     このシーンにはいくつも問題点があります。
     まず「出願が認められませんでした」とあるので、帝国重工の出願は拒絶査定されてしまったようです。
     先行する同一の発明が理由なのですから、本来は「登録が認められませんでした」、「出願が拒絶されました」とういうべきです。
     「出願が認められませんでした」という場合は、書誌的要件不備等で出願が却下された場合に使う言葉です。
     とにかく、審査が終了し、登録が認められないことが確定したような言い方ですね。
     帝国重工はこの時点で初めて、同一の発明について佃製作所に先を越されたことを知るわけですが、実際にはこのようなことはありません。
     特許法50条には「審査官は、拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは、特許出願人に対し、拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない」と定められています。
     帝国重工の特許の取得が絶望的であることを言いたいのなら、三島氏に「拒絶理由が通知されたのですが、引用例の明細書を検討したところ、御社の発明が特許を受けることは、極めて困難です」とでも言わせるべきでした。
     半年前の調査で同一の先行技術文献が発見されなかったのに、優先権主張出願があったために、リサーチのかからなかった新技術が、その後に特許を認められたという内容ですが、これもあり得ません。
     優先権主張を伴う出願は、優先権の基礎となる出願の日から1年以内に行わなければなりませんが、その出願公開は、基礎となる出願の日から1年6月後となります。
     基礎となる出願は、出願から1年4月後に取り下げたものとみなされ、公開されませんので、そもそも見ることができないのです。
     これも、事前のリサーチで発見できなかったことを正当化するのであれば、三島氏に「佃製作所の出願は御社の出願の三ヶ月前にされたもので、御社の出願前にはまだ公開されていなかったため、発見することができませんでした。御社の審査請求を出願から一年六ヶ月待って、再リサーチすれば見つかったはずなんですが」と言わせるべきでした。
     その場合、「すでに同じ内容の特許が存在するため、出願は認められませんでした」ではなく、「すでに同じ内容の出願が存在するため、特許は認められませんでした」とする方が、時系列的には適切なのではないかと思います。
(3) 原作110ページからの引用
     「異議申し立てをすれば、当方の権利が認められるということはありませんか」(中略)
     「無理ですな。一応、こうして報告に上がるために、私も当該特許について詳しく調べてみました。結論からいって、とてもよく練られた特許だ。つけ入る隙はありません。(後略)」
     特許異議申立制度について説明する前に、この制度は平成15年法改正でいったん廃止され、平成26年法改正で、一部内容を変更して復活しました。
     「下町ロケット」は平成20年から21年にかけて雑誌連載され、22年に出版されました。
     したがって、この時期には「特許無効審判」の請求を考えるべきです。
     しかしながら、異議申立てにせよ無効審判にせよ、発明の内容が理由となるのならば、もし佃製作所の特許が消滅することになったとしても、同一の発明である帝国重工の発明が特許を受けられるはずがありません。
     上述の特許法第29条の2が適用されるからです。
     商標ならば、他人の登録を消滅させて、自分の権利を登録することが可能ですが、特許ではそれはできません。
     独占排他権を維持したければ、特許権の移転又は実施権の許諾しか方法はないのです。
     ちなみに、異議申立ても、無効審判も、特許処分に瑕疵があったことを申立て、特許を消滅させる手続です。
     上記(1)@〜Bは両方とも適用の対象となります。
     ところで、帝国重工の出願は、一体何条で拒絶されたのでしょうか。
     上記(2)で示した修正を行ったという前提で、29条の2であると考えられます。
     拒絶理由通知の段階で、報告があるはずです。
2.弁理士はドラマに関われるのか
 それにしても、この三島という(たぶん)弁理士が、「厳しい残暑だというのに紺色のスーツをきっちり着込み、でっぷり太った男」(108ページ)と表現されているのが、弁理士としては何とも微妙な感じです。
 そして、ナカシマ工業に付け込まれるような特許出願をしていた佃製作所は、このバルブの特許については、とてもよく練られ、つけ入る隙がない、とほめられています。
 いつ特許出願書類の作成技術を身につけたんでしょうか。
 前回も触れたように、せめて、ある時期から出願を弁理士に依頼するようになっていた、という設定でもあれば、多少は弁理士にとってよい効果があったかもしれません。
 例えば、以下のようなシチュエーションです。
 原作86ページで、
 「佃製作所で取得した特許はもちろん新しいコンセプトの、素晴らしい技術だと思います。ところがその特許に穴がある。ナカシマ工業がその後に取得した特許は、いってみればその穴を突いたもので、さらに周辺をうまく固めて抜けがないようになっている」
 と神谷弁護士に言われた特許の出願後、佃製作所はいろいろと忙しくなり、発明を自社出願する余裕が、人的にも時間的にも不足していた。
 そこで、若手社員がかつて勤務していた会社で、一緒に開発業務を行っていた人間が、知財部に配置転換されて弁理士資格を取得し、その後独立(又は特許事務所に転職)して、弁理士として働いているので、出願を依頼することにした。
 こうすれば、その後の出願については、特許出願書類作成の専門家である弁理士の手が入っているので、上記のように他社に付け込まれるような出願ではなく、とてもよく練られ、つけ入る隙がないものになっていたことに、納得がいきます。
 また、離婚した妻から、知財専門の弁護士である神谷弁護士を紹介される、という、やや無理のある展開にする必要もありません。
 そもそも、「元妻」はこの役割を果たすためだけに存在しており、いろいろ設定はしてあるものの、実在感が希薄なキャラクターだと、私は感じています。
 それよりも、その出願に関与していなかった弁理士抜きで訴訟対応を進めたものの、うまくいかず、改めて相談して、神谷弁護士を紹介してもらう方が、ずっとリアリティがあると思います。
 そして、弁護士と弁理士がタッグを組んで、技術法務上の問題に立ち向かう展開になれば、出願時における弁理士の重要さがアピールされたのではないか、と思っています。
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