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お知らせ

2016-04-08
■ 下町ロケット(1)−弁理士不在の物語−

 昨年10月から阿部寛主演で大好評だった「下町ロケット」、2011年にはWOWOWで三上博史主演で放映されていました。
 特許がテーマ、ということで、弁理士会には「これで少しは弁理士にも光が当たるかもしれない」と思った方もいらしたようですが、実際にはそのようなことにはなりませんでした。

 弁理士の出番がないからです。

 でも、せっかくですから、特許がテーマなのになぜ弁理士の出番がなかったのか、を考えてみました。

 今回は、物語の前半、「ナカシマ工業」との対決について述べます。

1.小説としては優れている
 まず最初にはっきりさせておきたいのは、「下町ロケット」が小説としては大変優れている、という点です。
 特許の話は、物語のアクセサリーに過ぎず、一度は夢破れた中小企業経営者の、個人と会社と家族の再生の物語が、この小説の本質です。
 しかも、これでもかこれでもかとやってくる災難、一難去ってまた一難、ジェットコースターのような息つく暇もないエンターテインメントです。
 著者の池井戸潤氏と、鮫島正洋弁護士の出会いが、この物語の誕生のきっかけとなりました。
 共通の友人を介して直接知り合い、池井戸氏が鮫島先生に、中小企業が大企業に特許訴訟をしかけられるとしたらどのようなケースか、と質問したことから、「下町ロケット」は生まれました。
 そして、池井戸氏は鮫島先生の事務所に出向き、特許についてのレクチャーを受けたそうです。
 ただし、発表前に目を通しましょうか、という鮫島先生の申し出については、池井戸氏はご遠慮されたそうです。
 弁理士から見て、この小説に問題があると言わざるを得ない理由は、この成立事情にあります。
 まず、鮫島先生は弁理士資格もお持ちで、先生の事務所は出願実務も行っていらっしゃいますが、池井戸氏に問われたのが、「特許がらみで争訟が発生する局面」についてだったので、レクチャーする際も、特許出願書類の持つ意味、果たす役割や、出願を代理する弁理士の役割について、あまり説明なさっていないものと思われます。
 そして、池井戸氏が最終的に監修を受けなかったため、法律上や実務上おかしいと思われる点を、チェックできなかったわけです。
 また、鮫島先生がアドバイスしたのは、大企業から中小企業への特許訴訟の可能性の部分で、中小企業が特許を武器に大企業と渡り合う後半部分については、池井戸氏が考えたものであるようです。
 実は、最初に小説を読んだときは、面白くて一気に読んでしまったため、細かいところは読み飛ばし、多少手直しすれば問題点は解消されるだろうと思っていました。
 今回、改めて検証してみることにします。
 ただし、出願と申請とか、拒絶と却下とか、細かい用語の問題は、いちいち指摘しません。
 なお、ページ数は、ハードカバー版初版第5刷に基づきます。
2.VS.ナカシマ工業(特許権侵害訴訟)
(1) 特許件の侵害とは
     特許権の侵害とは、権原なき第三者が、特許発明を業として実施することをいいます。
     権原とは、ある法律的あるいは事実的な行為をすることが法律上正当とされるための根拠となる原因をいいます。
     特許権者から見て第三者の行為ですから、許諾による実施権や、先使用権などの法定実施権を有していなければ、特許発明を実施することはできません。
     特許発明とは、特許を受けている発明をいいます。
     当たり前のことのようですが、これだけでは実は何のことかわからないですね。
     具体的には、登録された特許の、特許公報の【特許請求の範囲】に記載された発明の内容のことです。
     発明の内容は、【特許請求の範囲】の【請求項】に記載され、それが審査され、特許要件を具備していると判断されて特許査定され、特許料が納付されると、独占排他権が生じます。
     実施とは、以下のように定められています。
     @ 物の発明にあっては、その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡し)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
     A 方法の発明にあっては、その方法の使用をする行為
     B 物を生産する方法の発明にあっては、その方法の使用をする行為のほか、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
     発明Xについての特許の、特許請求の範囲に、A、B、Cの3つの構成要件が記載されている場合、ある効果を得るために、A、B、Cのすべてを備える製品を製造販売すれば、当該特許権の侵害となります。
     ところが、A、Bの2つの構成要件を充足すれば、A、B、Cのすべてを備える製品と同じ効果を得られる場合に、A、Bだけを備える製品を製造販売しても、当該特許権の侵害とはなりません。
     また、A、B、CにDを加えた発明Yの効果が、A、B、Cだけのものからとびぬけた優れた効果を上げることができる場合、A、B、C、Dを備える発明は特許を受けることができます。
     しかし、発明Xについて権原を有しない者がこの発明Yを実施した場合は、発明Xの構成要件をすべて含む発明の実施に該当しますから、発明Xの特許権の侵害になります。
     しかし、A、BにDを加えた発明Zの効果が、発明Yと同等の場合であっても、発明Zの実施は、発明Xの特許権の侵害にはなりません。
(2) 原作86ページからの引用
     神谷は持っていたボールペンをテーブルに置き、改めて佃に問うた。「なんでこんなことになったか、分かりますか」(中略)
     「失礼ですが、それは、佃さんが以前に取得された特許がよくなかったからです」(中略)
     「特許を生み出した研究開発能力、技術そのものは素晴らしいですよ。でもね、それと特許の良し悪しは別問題なんです」(中略)
     「佃製作所で取得した特許はもちろん新しいコンセプトの、素晴らしい技術だと思います。ところがその特許に穴がある。ナカシマ工業がその後に取得した特許は、いってみればその穴を突いたもので、さらに周辺をうまく固めて抜けがないようになっている」
     佃製作所の発明は、A、Bを充足すれば十分だったのに、請求項1にA、B、Cを記載してしまったということではないでしょうか。
     ナカシマ工業はA、B、Dで特許権を取得し、しかも、従属する請求項で、A、B、D、EやA、B、D、Fを構成要件とする発明を記載していたのでしょう。
     すると、佃製作所がA、B、C、DやA、B、C、D、EやA、B、C、D、Fを構成要件とする発明を実施すると、ナカシマ工業の特許発明の実施に該当し、特許権の侵害を構成してしまうことになるのです。
     また、ナカシマ工業が、明細書にGやHなどの発明を記載していた場合、佃製作所が、A、B、C、GやA、B、C、Hの特許を取得しようとしても、特許を受けることができなくなります。
(3) 弁理士の役割とは
     発明者本人が出願しようとすると、往々にしてこのような事態が起こります。
     試作品を作り、改良を施して新製品を開発した場合、それに含まれる構成要件はすべて必須のものであると思うのが普通です。
     しかし、特許請求の範囲の請求項1に、発明の構成要件のすべてを記載してしまっては、完成品のデッドコピーやその改良品にしか特許権が及びません。
     発明の一番重要なポイントは何かを判断し、それを充足するために必要最小限の構成要件だけを記載するのが、よい出願書類なのです。
     先行技術を調査し、拒絶理由をできるだけ回避しながら、なるべく広い範囲の権利を獲得でき、かつ、改良発明などで派生的に発生する技術についても、権利獲得の可能性を持ち、他人が簡単に改良発明で特許を取得できないような出願書類を作成することが、弁理士の使命です。
     仮に拒絶理由を通知されても、最初の出願書類の範囲内で補正を行うことによって、なるべく強い権利を取得することができるようにしておかなければなりません。
     もっとも、佃社長が特許出願をしかるべき弁理士に依頼していれば、ナカシマ工業からの訴訟はなく、物語の見せ場の一つがなくなってしまうので、難しいところです。
     ただ、結局ナカシマ工業と佃製作所の訴訟は、佃が逆に提訴した別な特許権の侵害訴訟で、佃が勝利同然の和解をすることで解決に至ります。
     ちらっとですが、ナカシマ工業側からの提訴に対しても、勝訴の可能性が高いとも神谷弁護士が語るシーンもありますが、これは和解条件の中で、取り下げさせています。
     ほぼ完全勝利、という形ですので、ナカシマを提訴した裁判に係る特許権についての出願書類はきっと良い出願書類だったのでしょう。
     ここで、ナカシマ工業から提訴された特許は自社出願で、佃製作所から提訴した件に係る特許は、忙しくて書類を作る暇がなく、弁理士に依頼していた、という経緯でもあれば、特許の「質」の違い、を表現できたかと思いますが、そのようなことがあったとは、小説中に記載はありません。
     その辺の整合性が、少しだけ気になるところです。
3.弁理士にはドラマがない
 知的財産権に関わる問題が、小説で直木賞を受賞し、2度も映像化されるとは、青天の霹靂ではありますが、弁理士にはほとんど出番がありません。
 佃製作所は、特許出願を代理人弁理士に依頼していないであろうことは、ナカシマ工業からの訴訟(その前の侵害警告に関する話し合いも含め)への対応から明らかです。
 そして、顧問弁護士には、事実認定に際して、技術のことは聞いても分からない、という人物を配しています。
 弁理士の観点からいえば、侵害警告があった段階で、まず、相手方の警告の根拠となる特許(これは警告の際に少なくとも番号が通知されます)の内容を分析し、その内容と、警告の対象となった製品に使用されている技術を、比較対照して検討します。
 特許発明の構成要件を、特許公報の「特許請求の範囲」の記載に従って分析し、そこに記載された発明の「すべて」を、自社製品の構成要件が充足するかどうかを検討します。
 そして、警告の内容に根拠があると判断すれば、その特許に無効理由がないかどうかをリサーチします。
 また、こちらが相手の出願前にその発明の実施又はその準備をしていた場合、先使用権なども検討します。
 しかし、このような作業は、実際に行うのは大変でも、「絵になる」シーンがありません。
 こういった過程が迫真的に描かれていれば、私たち知財関係者にとっては面白いでしょうが、正直、一般読者には退屈なものではないでしょうか。
 調査と分析、そして交渉、和解、では、エンターテインメントとしては盛り上がりに欠けます。
 訴訟、巨額の賠償金請求、大企業寄りのマスコミ報道、などで主人公が窮地に追い込まれてこそ、ドラマは盛り上がるのですから。
 結局「絵になる」法廷で活躍する、弁護士がキーパーソンになってしまいます。
 しかし、対ナカシマ工業の局面で起こった問題は、実は常日頃から弁理士を活用していれば起こりにくい問題です。
 もっとも、問題が起こらなければ、ドラマも起こらないので、小説にもテレビ番組にもなりません。
 「転ばぬ先の杖」である弁理士にスポットライトが当たるドラマは、残念ながら、そう簡単には登場してくれないようです。
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